とりあえずななんちゃらら

TOKIOとか絵とかサブカル音楽とかその他ほにゃらら。

去り時ーオケミスを聴いた感想

オケミスってなんだ?って話ですけど、大槻ケンヂミステリ文庫のことです。

「小説?」ではなく、オーケンの企画する音楽プロジェクトの名前らしいです。私もよくわかってないんだけど、そのオケミスのCD「アウトサイダーアート」を買ったので感想をかこうかなと思い至ったわけです。

 

またオーケンかよ、TOKIOはどうしたんだというツッコミもあるかもしれませんが、普段はツイッターTOKIOのほうにいるので、たまにはブログで違うことも語らせて下さい。

 

わたしのフォロワーの中の僅かは筋少ファンで、その人がちょうどオケミスの話をしていたので、その人の貼っているリンクから当アルバムの公式PVを見たところ、すごく癒されたのだった。

その動画がこちら。

www.youtube.com

 

エヴァンゲリオンまごころを君にを見た時と似た気持ちになる感じの編成ですが、

動画はともかく、曲に恐怖しか感じない人は、私と違う人生を歩んできたと思うので、

見るのを止めて自分の人生を歩んでください。

 

私はこれにいたく感動した。10代の頃に、探し回って手に入れたオーケンのソロアルバム「I STAND HERE FOR YOU」を聴いたときと同じような気持ちになったからだ。

「I STAND~」は文字通り、俺は君の為に立っている、だから大丈夫、平気だよ、ということをひたすら心に訴えかけてくるアルバムで、ライナーノーツには「死にたい人には教祖が必要、だから俺がなってやろうじゃないか(要約)」と書いてある。私はそのアルバムを教徒のようにひたすら聴いて生きることをもういちどやってみよう、という気になんとか持ち直したりしていた。

 

その生きることをもういちどやってみよう、は何度も切れかける。いくらそれを永遠の約束のように決めた輝かしい日があったとしても、それはやがて過去になる。

だから、薬を切らしたみたいに音楽を求めて、今回辿り着いたのがこれだった。

 

いつも結局オーケンに辿り着いて安心している自分がいた。

 

オーケンの最近の曲は、捨て曲8割当たり曲2割な感じだなあと感じながら聞いている。

筋少の曲も昔の曲のように全部覚えて口ずさむことはなく、自分がいいなとおもった曲だけ覚えている。

 

たぶんオーケンの詩の世界に慣れてしまったんだと思う。こうくればこうくる、というのがだいたいわかってしまう。

でも、必ずいい曲が一曲か二曲はあるので、しつこくアルバムを買っているのだ。

それが当たり前の行為のように。

 

今回も当たり曲があった。さきほど動画リンクを貼った「ぽえむ」、そのあとに続く「去り時」だ。

「ぽえむ」では「本当はいつも思い出にとらわれて生きている」と歌い、過ぎたことを引きずっているからこそここに居るのだというように曲は続いていく。

これだけだったらいつものオーケン節で、「そうだよなあ」と思って終わるのだが、

次の「去り時」で心情ががらっと変わる。

 

「出会いなら 偶然とか

神様の いたずらにもできる

お別れは そう 誰かがさ

タイミングを 決めなきゃダメさ」

 

ここのフレーズで、どれかのトラックで必ず溢れるであろうと思っていた涙がでてきた。でも、いつもの「共感」の涙とは違い、別れとか、さみしさとか、そういう涙だった。せつなくて、おいていかないで、とつい心で呟いた。

 

この寂しさに気付いた時が、オーケンの言う「去り時」なんだろうとおもった。

さよならが嫌ならいくらでも否定できるだろう、彼は歌手で私は聞き手なんだから。

でも、去り時、という言葉が心にしっくりきてしまうとき、私にとってのオーケンはいつのまにかそういう存在になってしまったのだと、実感した。

 

それもまた過ぎていく話なのかもしれない。また必要になったなら、オーケンにすがりつくかもしれない。

でも、今じゃないとしても、オーケンは永遠には存在しないんだなあ、いつかは捨て曲も当たり曲もなにもなくなってしまうんだ、と感じた。

 

オーケン率いる筋肉少女帯に、私の大好きな、「香奈、頭を良くしてあげよう」という曲がある。

頭の悪い香奈と言う彼女に、人はいずれ別れるから、一人ででも生きていけるように、と理解させてあげる歌だ。

一時期は、私も大人になったんだから、香奈の側じゃなくて、頭を良くする彼氏役に自己投影しなきゃならないのかな、と思ったことがあった。

でも、オーケンの曲を聴いていると、わたしはいつまでも、いつまで経っても、オーケンの「香奈」なんだなあ、と思ってしまう。

 

バカで、何も理解してなくて、お別れも判らないような、香奈。

 

オーケンの曲はこれからも聴く。思う存分依存する。

でも、こころのどこかでは、「去り時」を感じ続けるんだと思う。

 

それはオーケンじゃなくても、どのアーティストにも言える事だが、

青春時代、それを引きずり続けている今と、ずっとお世話になったオーケンは特別、大切な存在で、去り際の姿もそこはかとなく教えてくれる彼は、本当に優しい存在だなあと思う。勝手に好きになったファンのひとりだけど。

 

「まぶしい」と笑う人が 

今背中向けているよ

もう少し そうしていたなら

今なんだな

 

その背中が、私にも見えるよ。

 

その二曲以外ももちろん名曲なんだけど、わたしには、その二曲の流れがよかった。全体的な流れとして、いつもの妄想みたいな曲じゃなくて、現実を歩いているオーケンを見たような気がします。

気になる方はぜひ。

タイトルで価値がきまっちゃいそうだからとりあえずいちTOKIOファンのする今回のお話

おはようございます。こんなときだけブログの曲レビューのアクセスが伸びてるよ!ちくしょー!オモチャでしかないじゃないですかこのブログ!

と思いつつまあ、平常心の私です。ぜんぜん平常心。

 

そして私のブログを、TOKIOファンという肩書きをオモチャで終わらせないためにも、今回の記事は書いておかねばと思いました。

TOKIOファンの考えはたくさんあります。今回で見限った人もいるし、メチャクチャ荒れてる人だっているし、これを機に罪について考えて生きていかねば、と突然真面目になる人もいるし、それらを統治しようとする大司教みたいな人もいるし、独自のコミュニティに閉じこもって傷をいやそうとしてる人もいるし、死のうとしてる人もいるし、私のツイッターのタイムラインはもういままでにないくらいの混沌を見せています。だから、この記事も、その混沌の一部だと思って、ファンの総意ではないことをちゃんと見極めて、みなさんは胸に刻んでおいてください。

 

山口達也氏の事件から一週間ぐらいたちました?もう経った?経ってない?

そのくらい時間の感覚がよくわからないし、世間一般から見てもたぶんそのくらいの感覚だと思うし、とにかくこの数日間、私は目の前の同じファンの人の心のケアに必死でした。ツイッターなり、電話なり、近くの人は直接会ったり。

とにかく病む人はめっちゃ病む事件だから、わたしはその人の前では救いの天使かなんかになるしかないんですよ。綺麗なウソをならべてもいいから、とりあえず生かしておかないと、なんてホント必死でした。今も。

 

たぶん居間かなんかで家族にこの話をしたら、

「はあ?頭おかしいんじゃないのか、たかがジャニーズで」

って言われると思うんですよ。(主に父に)でもね、違うんですよ。

 

たまにギャグで言うんですが、ジャニーズってマジで宗教なんですよ。

自分の応援してるグループや、自分の好きな人(自坦)について否定されると、ほんとに苦しくなるし、見るテレビから生活の小物まで好きなもので染めるひとだっているし(私なんかほんとにそう、自分のコレクションで集めてるぬいぐるみに自坦の名前をつけているし、髪型だって真似てる)、だから、今回の事件は、ある意味テロだと思うんですよ。

 

もうほんとうに、たくさんの人を傷つけた。傷つけるどころか、死の淵まで追いやるパターンだって大量に作ってしまった。

だから、だから許せないと思っちゃうんですよ。事件自体より、事件を起こしてしまった彼が。

 

この辺はまあ、周りのブロガーさんたちが怒りを込めてキーボードをぶっ叩いてくれたので、略します。今後のTOKIOのこととかもね。

 

音楽は救いの言葉がとっても多い。だから本人にもそれを求めてしまう。

わたしのすきなとある女性アーティストが「音楽は魔法ではない」って歌ってて、いやそれはどうなんだろう…どう考えたって魔法だろ…って思ったりしたくらい、私は音楽に救いを求めています。

歌を作る本人のこともすごいなあと思っちゃうし、ヘタすりゃかっこいいと思っちゃう。まあ、私における長瀬のともやくんのことなんですけど。

ともやくんは罪を犯してないから大丈夫くらいに正直思ってます。ズルいことだけど、そう思ってしまうのが心酔するファンの心だと思ってます。

山口くんからまだ離れられないひとだって全く咎めることじゃないです。だって、彼が神さまだったんだから、そのひとにとっては。

 

この事件を通して、もうだれも傷ついた顔は見たくないなあと思いました。

だからこそ考え続けていきたい。何が正しくて、何が間違いなのか。もちろん正しいとか間違っているとかで決められないことも、しっかり対処していきたい。辛い人に真実を突きつけて、「あなたは間違っています」って言ったりなんかしないように。

それぞれがそれぞれに、正しいと思っていることをやって欲しいけど、ちょっと立ち止まって、それが誰かを傷つけていないか、慎重に考えてから、やってほしさもあります。

 

好きなものから冷めることは簡単、という話を聞くけど、全く簡単じゃない。

それだけの熱量と、お金と、夢を詰め込んできたんだから。

 

でも、冷めてもまた好きになる場合だってあります。こっからは完全に余談なんですけど、このブログでオーケンに多々触れてますよねわたし。(しらん)

TOKIOを追っかけてる間、ほんとにオーケンのことをおざなりにしてきたんですが、こんな時に真っ先に助けを欲したのがオーケンでした。

アーティストに冷める「ノゾミのなくならない世界」、もう少しだけ生きようと思い直す「生きてあげようかな」、どんなにつらいこともそれあるあるネタだよ、と言ってのけてしまう「ワインライダー・フォーエバー」、バンド自体が自分の幻想と夢でできていると解く「中二病の神ドロシー」。

こういう考えがあるから生きられるんだよな~~~~とおもいます。

 

だから、音楽は救いだし、冷めてしまっても、もしつらくなっちゃっても、それは消えてゆくものだし、また巡り巡って、好きな想いに変わるかもしれないし。

一概にいえたことじゃない。全てが。

 

とりあえずわたしはまだTOKIOファンでいるし、ともやくんにはめっちゃ歌って欲しいし、これから何があるかわからんです。

 

オチをつけたら終わりだと思うんで、今回はオチはつけません。

今回の件が、わたしにとって色々考える機会になりました。このブログをみて、皆さんが少しでもなにか感じて、考えてくれますように!

好奇心のきらめき/TOKIOニューシングル「クモ」レビュー

昔は雲を眺めながら色んなことを思っていた。
雲の流れはじっと眺めていると速く見えるなあ、
広いところで雲を見上げると、ほんとに空が丸く見えるなあ、など。
雲以外のことももちろん考えていたが、きりがないのでやめよう。

とにかく、雲を見ると、自分の普段の速度がいかに早いか、気付かされることが多かった。

今回のシングルは、そんなふうにもう一度、ゆったり自分を見返す機会を与えてくれた作品だと思う。

「シンプルなサウンド」
この楽曲を色んな音楽店や雑誌がそう紹介している。
わたしも最初にCDを開けて聴いた時は、こんなにシンプルでいいのか、と思ったし、こんな地味じゃ売れないんじゃないか、とすら思った。

フラゲしたあと、一日余裕があったので、当日用に絵を描こうと、わたしなりにこの曲を解釈することにした。
解釈と言っても、メモ帳に単語を走り書き程度なのだが、色んなことが見つかった。

少ない音(一番冒頭)→たくさんの音(一番サビ~)は心境が変化するストーリー性を表している?

二番冒頭のフワフワした音は雲の漂う音?

クモというタイトルで、ジャケットが水中なのは、空にも水中にも光が射すから?

では、空や水中の真ん中にいる自分自身こそが、光なのではないか?

サビのキラキラした高音については、好奇心を表しているのではないか?

などなど。
全部にはてなマークが付いているのは、個人の解釈であり、長瀬くんが自らのラジオで言っていたように、「音楽はイメージを決めつけちゃいかん」からだ。

でも、キラキラした音=好奇心という発想は自分なりに一番気に入ったたとえで、どこか歌詞に似通った点のある長瀬くんの代表作「リリック」にも繋がった。

「当たり前のことがどこか美しく見えた/リリック」
「ずっと見ていた景色も悪くないと気付き始めた/クモ」
その前後に繋がる、
「明日も君に会えると願う/リリック」
「明日も誰かに会いたいな どこに行こうかな/クモ」
の言葉。

「明日」。これは好奇心そのものではないかと思う。
明日を楽しみに想う力がなければ、生きる気力も湧かない。君でも、誰かでも、どこかでも、なにか探しに行けるものがあれば、人は楽しい。その探しに行くときのキラキラ色づいた景色が、クモのサビの風景で、生きる活力そのものなんだと思う。

長々と語ってしまったが、あくまで聴いた人それぞれに、それぞれの「クモ」によるストーリー、音を探してほしい。雲を見上げて空想した、幼いころのように。

そして最後に、この一見地味な一曲を、売れるか売れないか関係なく、「ストレート勝負のロックナンバー」と肩書きした長瀬くんに、ひたすら無骨さ、カッコ良さを禁じ得ないのである。

ぜひ気になったら買ってみてほしい。疲れた心をなぐさめ、また立ち上がらせてくれる、頑張れソングばかりではない今のTOKIOが、ここにあるから。

もう一曲目のstoryは、また今度書こうと思う。どちらも名曲であることを保証する。

f:id:nanakamaboko:20170831194422j:image

心の中の碧い海/舞台ダニーと紺碧の海感想(ネタバレ含)

昨夜はベッドの上で音楽を聴いてなぜかやたら泣いていた。

私を取り囲む音楽はみんなどこか反抗心に満ちている。なにが不満でこんなに胸が苦しいのか、わからないまま泣いて夜は明けて、翌日何事もなかったかのように生活して、また重たい何かを背負って、音楽を聴いて泣くのだ。

昨夜は特に胸がいっぱいで仕方がなかった。25歳なのに親離れできないどころか、親に監視されるような生活を繰り返していること。他人とうまく接することができないこと。精神薬無くては生きていけないこと。どこか自分の頭が浮世離れしていること。

そんなことを、いろんな音楽を聴きながら、思い出して、眠れなかった。

ウキウキしていたのもある。

翌日16日、つまり今日は、楽しみにしていた松岡昌宏主演舞台「ダニーと紺碧の海」の公演日だからだ。原作脚本も読んでいたく気に入った。

私はもうその時点で、主人公ダニーとヒロインのロバータに、救いを求めていたのかもしれない。

 

舞台が始まる前、席に座ってずっと目の前の舞台セットを見ていた。机と椅子がいくつかあって、奥にベッドがあって。ここでこれからダニーとロバータが座ったり喧嘩したり愛し合うのかと想像して、開演前からとても幸せな気分になった。

なぜ幸せな気分になるのか、その時点では輪郭が曖昧だった。

穏やかなピアノのBGMが響いて、舞台は始まった。

 

ロバータが、バーのつまみを食べているところから始まる。

まず、私の席は出入り口のすぐ近くにあって、そこから突然ダニーが現れた。いわゆる花道、というものだろうか、目の前をダニーが通り過ぎて行った。

その時まだ私はダニーを「松岡昌宏」として見ていたような気がする。凄い筋肉だ、とか、背が高い、とか、人並みのファンのようなことを思った。

とにかくずっしりしていた。

バーでのダニーとロバータの会話は、突然憤怒したり、突然人を殴った自慢話をしたり、突然自分の置かれているひどい状況を嘆きだしたり、とにかく激しく唐突なものが多い。

今思えばそれが自己紹介的な介入演出だったのかもしれないけれど、私には脚本作者の叫びに聞こえた。叫べないけれど喉の奥から大声で叫びだしたい、気が狂いそうなほどの焦燥感。

ロバータは声を震わせて言う。

「突然叫びだしたくなるの。わかる?」

意味もなく、獣のように。それは、窮屈から生まれるものだと私は思う。

一方ダニーは白目がちの目をぎょろぎょろさせながら、そのずっしりした身体を酔いと共にだるそうに動かしながら、時に奇異な行動をとりつつ、ひたすら自分の話をする。相手の話なんか聞きたくないとでもいうように。

そんな二人も、ふとシラフに戻るときがある、でも、またすぐに奇行を始める。

恥ずかしいんだろうか、見せたくないんだろうか、どれが自分なのかわからないのだろうか。

やがて二人は、自分たちの気が合うことにうっすらと気付き、だんだんテーブルの距離を縮めていく。警戒しながら。他人を拒みながら。

「呼吸を意識すると息が苦しくなるんだ!!苦しい!!」

「(ダニーに首を絞められながら)もっと!!」

やがて観客は「この二人はいつ死んでも構わないような心持ちの人間なんだ」とうっすら思う。しかしきっと死を望んでいるのではないのだ、得体の知れない心の恐怖や不安に、締め殺されそうなだけで。

 

そしてひとしきり吠えた二人は、お互いと話す居心地の良さに気付く。

そこでロバータは家に招きダニーに提案する。

「今夜だけ、二人でロマンチックになろう」

 

また穏やかなピアノが流れ、二人はまるで普通の恋人のように、夢のように、優しく名前を呼んで、愛をささやき合う。

私はあまりの美しさに終始泣いていた。あまりにも二人が幸せそうだったから。

ここで思い出した。なぜ私は開演前からっぽの舞台セットを見ながら幸せな気分になっていたのか。

他人の幸せに、もう見えなくなっていたのだ。怒鳴り、苦しみ、うずくまって泣き出し、人を傷つけて、

そんな二人の、一夜だけのあまりに幸せな世界。

ダニーはロバータの部屋の棚に置いてある花嫁人形を持ち上げ、さも愛おしそうに言う。

 

「俺は、花嫁になりたいんだ。結婚式を見に行ったことがある。きれいな白いドレスを着て、みんなに祝福されて、綺麗なばらの咲いた庭もある。着飾った子供たちはライスシャワーを花嫁になげる。やさしく。すごく…幸せそうだった」

 

涙が止まらなかった。認めてほしい。幸せになりたい。幸せの象徴が結婚式として描かれているが、恋愛なんて関係なく確かだとおもった。ウエディングドレスは綺麗だ。花嫁は綺麗だ。これからの、過去のしがらみなんか関係なく、その瞬間だけは、すべての人がおめでとうと言ってくれる。許してくれる。心や景色が、やさしい、美しいものでいっぱいになる。

ダニーはロバータにプロポーズする。OKの返事をしたロバータと手を取り合って、喜ぶ。

 

いくら苦しい日々にまた潰されることがあろうと、この舞台のこの場面が、文として、舞台として存在している限り、私はまだ生きて行けるような気がした。結婚願望なんて塵もないけれど、この二人はきっと夢の具現化だ。苦しいときに逃避する、きらきらした世界の具現化。それを目の前で、手の届くところで見られた。幸せで胸がいっぱいになって、泣きながら微笑んでいた。

 

そして翌朝ダニーはロバータに結婚を本気で申し込む。ロバータは昨日のプロポーズは嘘っぱちと言う。でも本心、彼女は結婚を望んでいることをダニーは知っている。やさしく諭す。

 

「誰も私を許さない、私は性悪なの、罰なの!!!」

 

「じゃあ俺がその罰を許すよ。みんな、みんな許す」

 

そして二人は親族も知り合いも呼ばない結婚式の約束をし、幕は下りる。

何度も許すよ、許すよ、と泣きじゃくるロバータに繰り返すダニー。

これは、あかの他人同士だったから成立する会話だ。憎むべき人に「許すよ」と言われても、私は嫌だし許せない。だから、この舞台の脚本家ジョン・パトリックは、きっと許してほしかったのだ。空想の世界で、空想のどうしようもない恋人たちに、どうしようもなくたって大丈夫なんだって、許してほしかった。救われたかったんだろうと、きっとそう思う。

だから神さまが存在するのかな、なんてことも思った。

終盤、もうずっしりとした印象の最初のダニーはいなかった。ただ、穏やかで、慈悲に満ちていた。

私を取り囲む音楽はみんなどこか反抗心に満ちている。なにが不満でこんなに胸が苦しいのか、わからないまま泣いて夜は明けていた。

でも、今はわかる。

 

今は嫌いな親のことも、ときに消えたい現実のことも、音楽が叫んで、吠えて、許してくれるのだ。音楽という、憎むべきものとも、悩むべきものとも何の関係もない天使たちが。

 

舞台は全体的に薄暗かったし、あまり色もなかった。

「紺碧の海」は、見た人の心の中で広さも色も測るんだと思う。

 

激しく、苦しく、やさしく、泣きそうな、素敵な舞台でした。ありがとう。

東京ドライブでどこまでも、都民じゃないけど。

やっとTOKIOファンとしてTOKIOのニューシングルレビューを書く日がやってきたぜ!!いやほんとに今までどうでもいいことを書いていてすいませんでした。

 

そもそもこのブログはツイッター廃人を卒業するついでにジャニヲタも卒業しちまおうとかなんかそういう趣旨のブログだった気がしないでもないけれど、今でも絶賛ツイ廃ですしTOKIO大好きでともやくん(呼び方が痛いのはネタです)のラジオ、NAGASE The Standardはほぼ毎日聴いてほぼ毎日ネタを投稿してますが読まれません。ナイキです読んでください。話が逸れがちな私ですが、真面目に簡潔にレビューしたいと思います。

 

今回のシングルは記念すべき50枚目うんたらとかサザンロックかっこいいねーうんうんとかZIPやら雑誌で耳タコな話はもはやみなさん求めていないでしょう。

とにかく聴いたことない人はどの程度いい曲なのか評価を求めているし、ファンの皆さんはファンから見た意見を聞きたいだろうし…すいません、東京ドライブ聴くのに熱中していいですか?というくらいカッコよくてクラクラしちゃって楽しい曲です。

ほんとにこの太字が全部語ってるのでレビューする必要なんてないんですけど(本末転倒)、曲に酔うのに我慢して、頑張ってレビューしたいと…あっ今ともやくんがハハァッ!って笑いました!!この男気とヤンチャ溢れる楽しそうな笑い声も最高に楽しんでる感じが伝わってきてテンション上がるんですよね~~~~!!!…静かに。

 

1.東京ドライブ

タイトルで潔く曲を表すっていうのが、珍しいらしい。たしかにジャニーズは「この曲名は、この歌詞の恋の行く末を語っていたのか~!!!」というタイトルが多いですもんね。そんなこと誰も思いませんけどね。

でも、漫画やドラマや映画に変換すると、内容を簡潔にタイトルで表現するというのは、インパクトの面でとても役立ってますもんね。だから、言ってしまえばこのタイトルからジャケ写、曲の雰囲気、PVの流れなんかが全部イメージできちゃってるわけです。長瀬智也すごいな!!!(1長瀬すごい)

そんでもってかっこいいと思ったのが、歌詞を「僕たちの東京ドライブ」で〆てるんですよ。分かりやすく言うと初代アニメワンピースの主題歌「ウィーアー」も「ウィーアーオンザクルーズ、ウィーアー!!」で〆てるじゃないですか。あれの印象の強さと似ている。「東京ドライブ」って曲だから、歌詞の締めも「東京ドライブ!」。まるでひとつの映画を見終えたような気持ちよさに浸れるわけです。長瀬智也すごいな!!!(2長瀬すごい)

 

曲は、もう、イヤホンでイントロだけでも聴いてください。多分その続きも聴きたくなる、すごい重低音。最初のシンプルかつ、まさに階段からスポットライトを浴び、渋カッコいい男が降りてくるような迫力あるドラム、どこのロックバンド!?って興味を持たせるような離れないギターリフ。ソリオってこんな車なの?ってちょっと誤解を招きかねないお高いイメージです。頭のなかで空想のドライブカーまで想像させちゃう長瀬智也くんすごい。(3長瀬すごい)

 

途中に入る「ブンブンブンブン」というコーラスは、バッキングトラックで聴くとわかるんですが、ベースやギターの重みで土台ができてて、実はそんなに多人数で歌ってないんです。土台から作るってTOKIOじゃないんだか…TOKIOだった。それでも際立つ国分太一くんの低音ボイスもかっこいい。TOKIOファンじゃない人は「低音ボイスは国ブン太一くん」と、語呂合わせしておきましょう。テストか。車のブンブン擬音をコーラスに使い、かつ国ブンくんにブンブンいわせる長瀬智也くんの言葉遊びすごい。(4長瀬すごい)

 

あとは曲展開。今までの曲のようにAメロBメロサビ~♪っていう当たり前感をジャニーズ的に裏切ってくれて、新しいバンドの曲として何度も何度も繰り返して聴けて、一番と二番との結構大きく違うメロディーの流れや、楽器勢の音の変化を楽しむことができる、それが一番楽しい。どの音も一音一音工夫してるんだなあと、音楽家の産む苦悩や楽しさを本人じゃないのに味わえるところがもう気持ちいい。この曲は気持ちいいんですホントに。

そして時折入る掛け声ともちがったいわゆる「ノッてるぜーい」なともやくんの「オーウ」や「アーン」という声はセクシーで(なんかいやらしいな)、こういうのも音楽を盛り上げる為に計って入れてるのかと思うと…長瀬智也くんずるい。(1長瀬ずるい)

 

まあ長瀬智也くん贔屓の方でなくても、すごい!!かっこいい!!と各々の担当に燃えて燃えて塵になることでしょう。ていうかこの曲はTOKIO全員がかっこいいよ。フォローじゃなくて、もう、もう、ホントに歌詞通り音でおもてなされてる感じで、それで「たまにゃこんなところも、悪くないと思いませんか?」と言われたときには、全世界の男性がTOKIOになればいいのに…そして口説いてくれ…と感じてしまう次第です。

 

ホントはPVとか2、3曲目も本気でレビューするつもりでしたが、表題作を熱く語りすぎて2000文字超えてしまいました。うるさかったね!!そしてともやくんが一番伝えたかった「昭和の男」について一言も触れてないよね!うん!!なんか曲調、バブリッシュだよね!!!金持ってそう!!!(バブル崩壊後に表れた人類の爆弾発言)

 

いやいや、「昭和の男」に収まらない名曲ですよ。

購買を強要するわけでもないけど、とにかくベタ褒めしたかっただけです。とにかくタワレコ試聴コーナーのイヤホンで聴いてくれよ。頼むよ。

男性諸君から聴いてどんな感じなのかも気になります。これはホント気になる。ぜひリンクかなんかで語ってみてください。

 

では、このあとも安全ドライブで!!ブロローン!!!

f:id:nanakamaboko:20151030000229p:plain

おまけのいちにち、誰と過ごす?私は筋少と。

ジャニヲタになってからめっきり筋肉少女帯とご無沙汰になってしまった。曲は聴くけれど、TOKIOにハマってからは、しばらくライヴに行っていない。アニメタイアップでオーケン冷め期を通してジャニヲタへ…まるで彼の作ったお話みたいな展開です。

寂しいと思うことはほぼない。だって彼らは定期的にライヴしてくれるし、カルトなファンもたくさんいるから、大丈夫。曲だって色褪せない。でも、行きたいなあ、行ったら楽しいだろうな、変わらず楽しいだろうなあ。そんなことを思いながら、今回のアルバムを買いました。

 

筋肉少女帯「おまけのいちにち」。この言葉はオーケンがよく使います。たしか初めて出逢ったのは”何処までも行ける切手”という曲の台詞部分だった気がします。神さまが哀れな子に贈ったおまけの一日。他の曲にもそんなフレーズが出てくる。どう過ごすかは歌詞に出てくる人間次第。その「おまけのいちにち」を、今回筋少は、ファンに与えてくれたんだと思う。

 

今回は簡潔に、曲レビュー。

 

1.大都会のテーマ(TVサイズ)

おばあちゃんがよく見ている大都会(アクション刑事ドラマ)のテーマだろうか…と思ったらまさにそれだった。おばあちゃん世代なのかもはや…!?しかしすごい!ほぼ完コピ(笑)原作はyoutubeにあるから聴き比べてみてほしい(笑)余談だが、TOKIOの長瀬くん主演の刑事ドラマ”クロコーチ”の登場シーンでも似たような雰囲気のテーマが使われていた。オマージュだったらうれしいな。映画・ドラマのテーマ曲から始まるアルバムは、あとはオーケンのソロアルバムのI STAND HERE FOR YOUがある。

 

2.レジテロの夢

レジスタンスとテロリストでレジテロ。反抗運動とテロとの境目のない戦いの世界。メルヘンカオスな世界観、でもめずらしく社会的な歌詞?安定の橘高曲で美しいです。ピアノのエディはなんで正式メンバーじゃないのかってくらいピアノソロかっこいい。(音楽面は全く語彙がない)

最後に転調してやさしい曲調になります。夢を見るレジとテロ同士の戦いの瓦礫の中、誰もがみんな微笑み合っていた過去があったよね、だから現実に帰ろう、みたいな筋少なりの近頃へのメッセージかなあ。

 

3.混ぜるな危険

でましたアニメタイアップ曲。うしおととら読んだことないんだけど読んだ人にはしっくりくるらしいし、兄もうしとら好きだからハマってくれたらなあ、みたいな曲。

わたしはオーケンのアニソンがそこまで好きではないっていうか、カラオケでは盛り上がるんだけど、それ系統ジャンルにのめり込まないでほしい感はあるので、そこまで推してません。でもアニソンとしては水木一郎アニキ(一回コラボした)が歌ってもいいかんじのキャッチーな曲なので、それは花丸!!

 

4.球体関節人形の夜

明らかにギタリスト橘高ふーみんを意識しまくったタイトル、しかも「夜」!!!

高校の頃大槻×橘高でキャーキャー言っていた私にはもう得しまくりの曲。40オーバーの人になにを求めているんだろうね!?(本人たちがやおいの存在をネタにしているので私もネタにする)

イントロが再殺部隊みたい。思わずヘドバンしたくなる様式美な曲です。人間にもうなれないのなら、人形になって夜を過ごそう、ぶっ壊れるまで踊れよ…ヤバイ!!そして筋少ファンの中でもやはり人気曲なようです。

 

5.枕投げ営業

こういう女の子が出てくるのトンデモ展開の筋少曲めっちゃ好きです。ということで私はこの曲がお気に入り。枕営業をしに行ったはずが、営みの先のセンセーが「枕営業もいいけど、枕投げ(物理)ってのはどう?」って言っちゃう曲です。女の子とセンセーがホテルで枕投げしてる様子がすごくかわいい…ずっこけちゃっても相手に全力で挑めば夢は叶う!みたいな夢いっぱいの曲。そういうの好きです。すごく好きです。

 

6.LIVE HOUSE

タイトル的にツアーファイナルてきなアレかな?と思っていたら、おいちゃんの例のアレ。

いや昔ライヴ通ってたときに、ツインギターの片方の本城さん通称おいちゃんが、「ギターギターケースに今夜は君をつめこんで、ベイベー」という曲を昔作っていた、とオーケンに暴露され恥ずかしがっていたシーンがあったんですね。それが現実になりました。FULLバージョンで。内田のラブソングくらいの需要だよ。ファン以外無視してるよ。ライヴでの茶番が楽しみすぎるの極み。あと初期のTOKIOに歌って欲しいくらい歌詞がベタベタです。おいちゃん…。

 

7.別の星の物語り

ヴォサノバ調、ギターがさわやかな、オーケンの声がやさしいキラキラしたバラード。こういう曲弱いです…。歌詞は”その後or続き”のアナザーエンドみたい。既婚者の彼女に出逢って、あの頃はおとぎ話みたいだったね、っていう苦くて甘いお話。しかしこういう既婚者やら独身の元カノに会うの好きだなこの人は。こんな世界味わってみたいです。もちろん彼女側で。(真顔)

 

8.私だけの十字架

これもどっかのドラマからとってきたらしいんですけど、マニアックすぎて私はググる気にもなりませんでした。自己満すぎるだろ!!クラシックギターの弦弾きはすごい美しいです。元ネタがわからないから誰のマネかかわらんけど現代っ子の私には声が三輪明宏にしか聴こえない。

 

9.大都会のテーマ

序盤のFULLバージョンです。イントロなので演奏面がすごく際立ちます。実際に聴いたら鳥肌だろうなあ。ライヴ~~(お腹を壊して母にライヴ行きを止められている娘)でもこれだけは小さいとこじゃなくて武道館あたりで聴きたい。

 

10.時は来た

とっても筋少らしい~!好きです。時は来たって誰の名言だっけ??筋少の音楽は鬱々した人々をカルト化させるための道具であり、今その時が来たのだ!JPOPを聴いてる明るいやつらをぶっこわしに行くんだ!というひどい内容です。でもよくオーケンは教祖になりたがる系なのでわたしは喜んで従っちゃう系です。なんか軍服とかで…歌って欲しい…(個人的な趣味)

 

11.おわかりいただけたろうか

またそんなネットでよく使われるようなスラングを…とおもいましたが、思いのほかキュンキュンしてしまいました。黒歴史化した記憶の残像。チラチラフラッシュバックするたびに、まるで心霊写真のように見ないようにしていた私。泣きメロに合わせてオーケンが歌います。

「ほんとにそうだろうか?記憶の亡霊 優しい目をしてないかい?」

黒歴史として片づけてきた、昔愛していたたくさんのものたち。今なら許せるでしょう?ところで、僕が君のこと、愛していることは、お わ か り い た だ け た だ ろ う か。こんなんオチない以外のなにものでもないでしょう~~~;;ファンに戻れと言っているようなもんでしょう~~~~;;;;

 

12.S5040

こういうちょっと不気味な曲作れるのも相変わらず。悪酔いしそうな不思議な世界です。こういう変なUFOの輝きみたいな独特さは、オーケン著の短篇集くるぐる使いの雰囲気に似ているなあと思いました。それを表せる作曲のうっちーすごい。吸い込まれそう。歌詞もちょっとよくわからなくて、頭がボワーンとしたあとで、そろそろアルバムも終わりです。

 

13.夕焼け原風景

タイトルからノスタルジック。ちょっとさっきの曲の歪みをメロディーからも引きづりつつ、とってもやさしい曲。ゆうやけこやけを聴いて帰るような切ない、なんともいえない気持ちです。ナゴムレコードらしさがちょっと感じられて、やっぱり、みんなの原風景はそこなのかなあとおもいました。

 

全体を通したストーリー的な一貫性はありませんでしたが、どれも頭に残る。

筋少曲のいいところは、一曲一曲がキャラクター化しているところです。どの曲もPVにしてみたい。ジャケ写にしてみたい!そう思えます。そしてついてきてくれるファンにはそれなりのサービスをしてくれるところ。新しい挑戦も大事だけど、「あ、いつもの筋少だな」って思えるところも。みんな好きです。

どんどん老いていく(一人は永遠の24才)メンバーだけど、歳の重みとか関係なしに、むしろそれをネタにして頑張って頂きたい!長文失礼しました。ライヴいきたーーーい!!

続・歌詞に出てくる「あなた」がいない

何か月ぶりの更新だろう。おはようございます。

夏はやっぱり23才の夏休みだったけれど、それなりに楽しかった。今も安定して元気で、傷つくことはあっても落ち込み死にたがることはあまりなくなった。

私は今の今まで、自分が幸せになることを夢見て生きてきた。もちろんそれは今も変わっていない、だけど、その幸せっていうもののハードルが少し下がったような気がする。

そう思ったのが、一昨日から聴いている邦ロックもろもろの影響だった。

 

いろんな曲を聴きながらなんとなく心を添えつつ絵を描いていて、感じたこと。

曲のサビのラストパートはだいたい幸せハードルが高い。

生きていこうとか、本当の自分を見つけただとか、君と出逢えてよかっただとか、愛がなんちゃら、世界が愛しいなんちゃら。そんで壮大なメロディー。

だけどそれって、実はミュージシャンの伝えたいことのおまけの部分なんじゃないかって、そう思った。

 

だいたい私が共感するのは曲の1番、2番の中盤ぐらいだから。

「あ~わかるわかる、そう、人生って辛いんだよね、今頑張ってんだよね」

と共感してる所から、突然最後に突き放される。

 

”辛いよな、だったらてっぺんを目指せ!!見返してやれ!!彼に会いにいこう!!”

 

みたいな。修造かアンタらは。その瞬間突然孤独に見舞われる。「だからその、いきなりのポジティヴをやめてくれ!私はひとりなんだ!アンタらみたいに恵まれてないんだ!」となる。

 

だけど思いたい。ミュージシャンはずっと夢想家だから。理想主義だから。

ほんとは彼らも「あなた」がいないから、それが原動力になって、あんな長ったらしい詩を、曲を、つらつらと書き連ねているんじゃないかと。それで、仕方なくオチをつけるために、自分の理想像をみんなに魅せたくて、歌ってるんじゃないかと。

救いのない曲などない、死に向かう曲だって、生きる方へ歩く曲だって、結局ハッピーエンドとわたしは解釈して曲が終わる。

 

ハッピーエンドと解釈しているということは、羨んでいるんだろうか、納得しているんだろうか。たぶんどちらでも。他人のめでたしめでたしにうぬぼれることなんて不可能だ。じゃあ、なぜ曲と自分を重ねあわせることができるのか。

 

私は歌詞に出てくる「あなた」じゃなくたって、「僕」にはなれるから。

ミュージシャン自身と解釈は違えど、心を通わせることができる瞬間。それが一番幸せなんだって思った。誰かの為に歌ってることには変わりはない。けれど、それは私の今まで考えていた恋情や友情を込めた「あなた」像とは違うんだなって、思った。

 

この文章みたいに。無理やりにでも幸せな方へ向かって終わる。相手がいなくても底抜けに明るい曲を何度も何度も聴ける、いいところだけ拾って。

 

”君だけだよ”、”君次第さ”みたいな歌があったとして、それをボーカルの気持ちで一緒に歌いたいと思う。

そんな感じで、絵を描いています。

 

ちなみに、続・○○というタイトルは大槻ケンヂの曲タイトルにありがちなものです。いわゆるエピローグだったりその後パラレルだったり。みんなハッピーエンドで終わるんだよ。