とりあえずななんちゃらら

TOKIOとか絵とかサブカル音楽とかその他ほにゃらら。

えびに手を染めてしまった(twinkle2013ツアーDVD感想)

あ、ありのまま 今起こったことを話すぜ…

「私は TOKIOファン同士の交流をしていたと
思ったら いつのまにかA.B.C-Zを布教されツアーDVD(しかも2014が発売されたにも関わらず2013のやつ)を買っていた」

な… 何を言っているのか わからねーと思うが 

私も 何をされたのか わからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

いや、ほんとに観終わった後TOKIOとはちがう新境地に泣いちゃってどうにかなりそうでした。ていうか今もレポメモとったにも関わらずリピートしながらおもいだしつつブログ書いてます。

以下、TOKIOファンから見た、Twinkle ×2 Star TourDVDレポです。

語彙力を高めようと始めたブログのわりに文体がおかしいので気を付けて。あとくっそ長いです。

なつかしいわー。ブログの”続きを読む”からのレポ(笑)

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あさのひかり

晴れの朝の光はなんだかワクワクする。ずっと実家の同じ部屋から見てきた朝陽。「清々しい朝」と言っても、ほんとにその通りの朝もあるし、夏休みのラジオ体操のときみたいな特有のドキドキした朝もあるし、お泊りのお別れで泣きそうな朝もあるし、まるで浴びたら世界が終わる、みたいな絶望的な朝陽もあったりした。

 

6時ぐらいからの特有の空気。家族みんなが起き始めて、飼い犬がわんわん餌をねだって吠えて、父と母が飲むコーヒーの香りがして、やがて魚を焼く香りがして、窓際のほこりがチラチラ光ってる。みんなお馴染みだ。昔は、もっと、色んな香りや、感覚があって、今でも鮮明に覚えている。

 

朝見るのは必ず目ざましテレビだったし、おばあちゃんがおじいちゃんの仏壇の鐘を鳴らす音も聞こえたし、お兄ちゃんが部活の用意してたり、お父さんが腕立て伏せをしていたし、お母さんは私を毎日必ず呼んで起こしたし、犬はもっともっと威勢よく吠えて、散歩に走っていた。

 

私は朝に対していいイメージを持つか、と聞かれたら半々である。

なぜなら暗黒期が人生においてものすごく長いから。

日の光がまるでワルモノの光線のように布団をかぶった自分に当たってくるときがあった。泣きながら顔を洗って、それでも鼻水と涙がどんどんでてきて、大声で泣きわめいて、腕立て伏せをしてるお父さんも、起こしてくるお母さんも、部活に行く際に茶化してくるお兄ちゃんも、威勢よく吠える犬も大嫌いだった。

目ざましテレビは大嫌いな薄っぺらいエンタメ情報を流し続けるし、友達と呼べないようなやつらがピンポンを押して、あるいは必死でストーブの前で体温計を調節して、、なんだかすごく鮮明で、そのときの朝陽は吐き気がするほど気分が悪かった。

 

幼少期はそれこそユーミンの「優しさに包まれたなら」の世界だった。毎日何時に起きたか自慢していたし、早起きした朝は特別な気分で家の中を散策していたし、おばあちゃんと一緒にテレビ体操をした。古い和式トイレで虫を見つけてギャーって泣き叫んだり、そのころは目ざましテレビの代わりにポンキッキーズかなにかが流れていたし、なんであんなに陽気な朝があったのか不思議だ。

 

今は、と言えば、まあ、それなりにわくわくしている。減ったものも多いけど、みんな記憶に残っていて、今思い出しながら、ドキドキしたり、さびしくなったり、今が今で良かった、と思ったりした。昔ほど朝の光に敏感ではなくなったかもしれない。

仕事のために身支度をして、ご飯を早めに食べて、庭の草木や虫の様子を撮ったり、余りの時間でブログを書いている。朝陽は自分を起こすただのスイッチになった。

でも、たまに、いやわりと頻繁に、どうしてあのとき、あんなに不幸だったんだろう、どうしてあんなに幸せだったんだろう、と思い出す。

そして、あのとき犬やお父さんやお母さんやお兄ちゃんやおばあちゃんがあんなに元気に動き回っていたことに、時の流れを感じて、すこし、切なくなる。

 

今はそれらを全部ひっくるめて、朝の光が好きだ。覚えておかなくてもいいことを、ここに書いてできるだけ覚えておきたい。

だけどもいいじゃないか

軽い話でもしようかな、この枕詞は今グチグチしてる、じゃないかと思う。

だから明るいメロディーだけど悟り系の曲を流しながら、LINEを無視しつつ、シクシク痛むお腹を抱えてパソコンと向き合いブログを書いている。

 

包み隠さず毎日を綴ると、なんだか毎回こんな内容になってしまいそうで、私はつくづくエンタメ性に欠けていると思った。誰かに対してなにかを思うときも、笑うより前に、なにかムカッとしたことを考えてしまう。

 

だから、常々笑ってる人は、あんまり好きじゃない。かといって、イライラを大っぴらに話す人も、あんまり好きじゃない。じゃあ、誰が好きなんだよ、というと、少々の無理をして笑っている人だ。引き立てられる人のうしろで、笑っている人だ。

 

私は人の裏側みたいなものを知りたい。黒い心の方ではなくて、優しい気遣いの方を。

無理して明るい話をすることはない。暗い話をしてもいい。もちろんほがらかな気持ちの時は、明るい話をして。なんとなくわかる。その人が、無理しているかどうかってことくらい。

 

特有の無理している感、に触れたとき、なんだか心がほわんとする。その人には悪いけど、ああ、この人は優しいんだな、とそれを通して感じるときがある。どう例えたらいいんだろう。

あはは、と無理して笑っている人の中で、その裏の顔をあとで友達に言うタイプと、裏の顔をずっと隠し続ける人。人をパターン分けしてはいけない。わかっているんだけど、後者の方がタイプだ。そりゃみんなそうだ。

付けたして言うと、自分の中で自己解決して、忘れ去ろうとする人。

もっと付け足すと、それが何かの偶然で話題になってしまって、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに打ち明ける人。

 

それを受け止めたい。そんな欲がたまに出てくる。自分すら支えられてないくせにそんな思いになるのは、受け止めてあげたら、恩赦が返ってくるのではないか、という、浅はかな考えからだ。でも、確かだろう。自分と相手が弱みを共有し合えば、互いを気遣い合えるから。

 

そんな関係を持っている人は、あまりいない。でも、少しは、いる。そういう人ほどあまり連絡をとらない。なぜなら、お互い遠慮しているからだ。そんな関係が、とてもありがたい。だから、たまに手紙や電話で、今はこんな人間ですと伝えてあげたい。

それでも許しあえて、なんとなく笑っていられたら、本当に嬉しい限りだ。

 

暗い話だけど、あるいは別れ話だけどもいいじゃないか。そんな風に、優しくありたい。

あー、まったく軽い話じゃなくなった。

歌詞に出てくる「あなた」がいない

とか言っても聴いてるのはだいじょぶだいじょぶだいじょぶだよねえでおなじみの蜘蛛の糸なんだけど。

筋少のネガティブな歌詞にすら「あなただけは」とか「君だけは」とか出てくるけど、当てはまる人がいない。

つまり心から愛している人がいない。もちろん家族とか、ジャニーズの長瀬智也くんとかそういうのはあたりまえだけど、もっと、友達とか、恋する人とかさあ。

これは昔から常々考えていることである。「あなた」って誰だよ。って。

BUMPでもなんでも歌詞を聴いていると誰かが出てくる。私を応援してくれるんじゃないのか。共感する一人称の曲があったとしても、なぜかもう一人、誰か登場人物が出てくる。お前は誰だよ。

 

そんなこと言ったらば、全ての曲がひとりよがりの中身のない曲になってしまうし、歌手の伝えたいメッセージはそんなことではないし。でも一方的にそんなことを思ったりしてしまうことがあるんだ。

 

こんな朝からネットのつながりのことを考えている。まあ、ツイッターのことなんだけどさあ。

ネットから同じ趣味の人とリアルに繋がれるのはとても楽しいことだし、気になる情報を得たり、熱を上げて本気で語り合ったりするのは大好きだ。

でも、それ以外は正直いらない。特に馴れ合いみたいなお話や、それを自慢げに話す人たちとか、う~ん、もう、知るか!ディスられている側の気持ちとかあるけど、知るか!

 

私は人が嫌いなわけではない。尊敬する人や好きな人ならたくさんいる。でも、好きな人以外は、いらない。

現実じゃ、そりゃ嫌いな人と付き合っていかなきゃならないのは当たり前だ、だけどネットはほんとに、嫌いな人やどうでもいい人、どうでもいい話は、目の前から消すことができる。一方的に。誰がどう思おうと。

 

だから、もう、評価されたいための絵をアップするサイトもあるし、こうやってくだらん愚痴もひとりよがりのレビューも愛も全て吐き出せるブログもあるし、本気でツイッターなんていらない。

 

前も言ったけど、もう繋がりたい人と他のツールで繋がってしまっているからなあ。

だから、近々ツイッターのアカウントを消してしまいたいとおもう。

 

いい感じの展開になってるぞ。

 

かといって現実が特出して楽しいわけじゃないし、むしろネットのほうが充実している。そのうち逆になればいいな。よし、そうしよう。

 

なんか愚痴っぽいブログになっちゃってゴメンね。もう人になにか見せびらかすのも、宣伝するのもやめれば、スッパリ切れるじゃないか。うん。自分の力で人と繋がろう。

 

こういうなんのためにもならない独り言は、はいはいむしむーしということで(笑)

フィーリング・スクール・チルドレン

私はピュアに泣きたい時は本当に心から嗚咽する。

自らすすんで泣きたい時って、どんなときなのかなあ。そんな私に、作中に出てくる不思議な導きのような体験を味あわせてくれたのが、今からレビューする本。

 

私は難解な本より実は児童書の方が好きだ。特に小学校高学年が読むあたりの、しかもダレンシャンとかハリポタではなく、その時期に読んでも特に感動しないであろうちょっと大人びた小学生たちが主人公の300ページぐらいの青春文学。

外国の有名な哲学書を読んで神聖な気持ちになるのもいいし、有名人のエッセイを読んでこうなろうとも思いたい。でもほんとに心から響いてガンガン泣けるのは児童書なんです。

 

いや、ホントはtwinkle twinkle A.B.C-ZのDVDを買いに平安堂(うちの地方の本屋)へ向かったの。でも案の定品揃えがわるく無かったから、ブログ開設したしせっかくだから本レビューしたろ、と思ったわけですよ。

で、タブー文庫シリーズとかムダに難しい文体の本とか外国の歴史ノンフィクションとかいろいろ面白そうなのチラ見したんだけど、私の目はやはり優しいきらめきのあるタイトルの本にばかり向いてしまった。これは心が疲れているんだ、と思って、選んだのがこちらです。

星のかけら (新潮文庫)

星のかけら (新潮文庫)

 

 重松清さんはとてもピュアな、心がキュッと痛み、そしてなにより暖かい話を書く作家さん。児童文学が主ではないんだけど、主にそんな感じの読みやすい本を書く方。悪く言えば物語の展開が読めてしまうんだけど、その読めてしまう展開の中にどれだけ自分にだけ共感する心理描写が含まれているか、どれだけ鮮明にその景色が頭に写し出されるかが大事なんだよ、私としてはだけど。

 

あらすじを大雑把に言ってしまうと、登場人物は主人公・いじめられっこの小学六年少年ユウキ、ユウキをある理由でいじめつづけるヤノ。それを守る親友マサヤ、その兄のひきこもりのタカヒロ、ユウキにおせっかいをやくおてんば幼馴染のエリカ。

 

彼らを導く「星のかけら」と噂される交通事故によるガラスの破片と、そのかけらを拾った時、しかも限られた条件にだけ現れる、亡くなって時が止まったままの女の子、フミ。この子ら全員が全員に関係している。これでだいたいわかるっしょ。

 

いや、もう、負け組、死んじゃった系のお話は泣いて当然だよね。でも、小学六年生って、まだそういうの鈍いじゃん。大人ほど大げさに悲観もしないし、嘘の道徳心もないじゃん。

まだ分からないことがたくさんあって、ひとつのしがらみに留まってグズグズして、でも、思春期ほど深く考えられなくて。

考えている暇がないくらい小学生って早く終わってしまうから、その瞬間瞬間の感情しか残ってない。

でも、それを鮮明に思い出した瞬間に、ああ、大人になったなんだあ、って、やっと気づく。

 

死ぬっていうのはその先がなくなって楽しみも全部なくなっちゃうってこと。生きてる人はみんな自分の力で歩かなければならない。これが作中によく出てくるフレーズ。これだけだとうわくだらねーってなるかもしれないけど、小学六年生の話だから。まだほんとにこれからって瞬間を、誰も止めてはならない。

齢をとるにつれ諦めを感じていくけど、そうだ、自分の生死や勝ち負けに関しては、小学生の心にたまにはなってみればいいんだ、と、そう思いました。大人の目線に、決してならずに。そんな出会いを、フミちゃんが教えてくれました。

 

そんな感じで1500文字キッチリに収めてみたよ。作文みたいに。

曇りの日曜日はインドアで貯蓄

みるからにアフィリエイトっぽいタイトルですね。違います。ザンネン(×2)。

おはよう。

 

単にジャニーズに貢ぐ金を無駄にしたくないのでできれば外に出たくないだけっす。特に曇りの日はテンションがだだ下がりでどこにも行きたくなくなる。昼間って感じがしないから。そういうのを口実に友達いない自分を正当化しようとしている。いや、友達いないからジャニーズに乞いを求めるのか。

あ、こういうかったい文章嫌いです。もうちょっとやわらかくいこう。しかしひらがなだけだとまるで糸井重里のようである。ぐんまけん。

 

でも本当に曇りの日は苦手。空が真っ白に同じ色してるから。だから冬はもう大大大嫌い。空は白いわ寒いわ服も重たいわ布団も重たいわ心も重たいわ。

だから春になってよかった。春らしい声の鳥がチュンチュン鳴いてるのを聞いていると幾ばくか楽になりますね。季節や天候でやる気が左右される南の島の大王的な人間なので今後よろしくどうぞ。

 

そういえばジャニーズに貢ぐと口頭文に書いたね。多分見る人が見れば即戻るボタンを押していたことでしょう。ジャニヲタとはそんな存在だよ。

この偏見野郎!偶像崇拝の何が悪い!コンサートやライブやCD・DVD購入はキリスト教のミサに通う修道女と一緒だわ!

そんな清く正しい存在にもこういうキャラの人もいればZIPのインタビューにキャピキャピ答えてるかわいい女の子みたいな人もいるのであなどることなかれ。

一般ピープルの男子も女子もみんなジャニヲタに偏見を持たずに「あっ…そう…」ぐらいのテンションで接してあげて下さい。もし食いついたりしたら鼻息荒げて語りだしたりするかもしれないんで注意してください。黙っていれば可愛い女の子なんです。たぶん。という投げやりな言葉を添えて。

 

最初の記事に書いた通り、ジャニーズは巷で人気のTOKIOが大好きです。というかそれしか詳しくありません。詳しいって言ってもまだファンクラブ歴一年のネット情報からすべてを得てる…にわかだ。うん。

自坦はギターボーカルの長瀬智也くん。そのお方について長々と語り倒すのが今後のこのブログの方針のひとつなんだけど、まあそれは今度にして、どのくらい彼が好きかというと、

2万越えする赤いテディベア(赤は彼のメンバーカラー)を買って、それに「ともやくん♡♡」と呼びかけ”恋に気付いた夜”を聴きながらベッドで毎日抱きしめるくらいイッちゃってます。

ともやくんは外見髭面ワイルドだけど中身はまるでぬいぐるみちゃんみたいにかわいい。抱きしめたい。と熱を上げ始めたのでこれぐらいにしておく。

パンピーはこれを見て吐きそうな勢いでしょう。ところが色んな性癖の人がいるんだよこれが。その辺はツイッターに生息してるジャニヲタの、特にハートや絵文字を使ってないコアそうな方をとことんフォローしてウォッチしてみるといい。

私以上におかしい人いるから。これは本当です。

 

で、関係あるようなないような、まあ書いておきたかった話なんだけど、昨夜ジャニヲタフォロワーさんにA.B.C-Zを布教されてしまいました。カワイイとかかっこいいというか、一緒にこの険しいいばらの道を歩んでいこうね!応援してるファンに応えてくれるあなたが好き!みたいな感想を持てるアツイグループでしたね。

推してるのは一所懸命で初期メンバーからから次期にになる際にいきなりボーカルに抜擢されたなんだか陰のありそうな設定の橋本くん。オススメしてくれた人は戸塚くん担当らしくてどちらも捨てがたい。だからもうコンビ愛でいいじゃん。

 

これからDVDを買って彼らに献金したいと思います。ガンバレ。

 

そんなわけで1500文字超える前にサヨナラ。あ、超えちゃった。とりあえずサブカル女もジャニヲタになる。心地いい散財にはお勧めです、ジャニヲタライフ。幅広いよ。

あとでテディベアの写真貼っときます。そんなわけで。


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桜の下のベンチで路上ライブなんて妄想

そんな妄想したりしませんか。ひねくれた曲のタイトルかよ。彼女僕がダンクシュート決めたらどんな顔するだろうかよ。(しつこい岡村)

 

一回でいいからやってみたい私の夢です。桜の下のベンチで路上ライブ。というか路上ライブやりたい。田舎じゃたまに見かけるんだよ、路上ライブ。

 

一度だけ、同年代ぐらいの男の子が路上ライブしてて、ゴイステの綺麗な曲とかなんかそのあたりを歌っていたから、趣味が合うなあと思って勇気だして百円玉を入れたんだよ。

ディズニーのクランチチョコが入っていたであろう缶カラに。

そしたら、その子無言でお辞儀したんです。

それで終わりました。

何か発展するとでも思ったのか!?発展したとしてもそれは絶対後世損するわ!路上ライブのちょっとかっこいい兄ちゃんに100円渡してめでたしめでたしだったらおとぎ話のシンデレラのほうがよっぽど苦労してるわ!

あのディズニーランドの缶カラは彼女とデートした思い出の品だったりしたらほんとに私はみじめ。ただの路上ライブの思い出(しかもたったの5分程度)ごときにそんな妄想を繰り広げる私は50歳越えの独身のおじさんと同じくらい悲哀に満ちている。

 

桜の下のベンチで路上ライブからどうしてこうくだらない妄想に走ってしまうのか。話題を変えよう。この話題のまま話すことだってできるけど私の妄想っぷりなんてどうでもいい。

 

アコギを持ってます。ヤマハのFG-201。調べてみればわかるけど、本当にオークションとかだとやっすいです。私なんてハードオフで6500円ぐらいで買ったもの。

年代はフォークソング時代ぐらいなのか?フォークはさすがに聴く世代じゃないけど、聴くなら谷山浩子とか、ユーミンとか、フォーククルセイダーズ(おらはしんじまっただー作ったグループ)とか。イルカはなごり雪しかしらない。あとハイファイセットとか?よくしらん。

 

じつは、その前にエレキを持っていました。レスポール。しかしサクラ楽器。これについてはギターに名前を付けた、コード押さえられた、そして床に落として壊れたぐらいしか歴史が無いので忘れようと思う。

 

それでね、実は、数か月前まで全く触ってなかったもので、最近始めたも同然なんだよ。アコギも。

 

何に触発されたかというと、こちらの本。

 

 はい。オーケンですね。私の神様です。

オーケンのエッセイとか小説はいちいち表紙がかわいい。これもけいおんぽい女の子が歩いてる後ろでショーウィンドーを覗く猫背のオーケンのイラスト。可愛すぎ。

敬愛する漫画家の羽海野チカ先生だってオーケンの本の表紙描いてるんだぜ。世界はひろし。

 

まあこの本のレビューはまた今度にするけど、この本で一番為になったことを書いちゃう。書いちゃっていいのかな。

 

ギター弾き語りの基本ストロークは「♪ジャーン しんじゅく しぶやー しんじゅく」のリズムでやるといいらしい。それはすごく役立ちました。まだろくに弾けないんだけど。

ここを一所懸命練習するオーケンの描写もまたかわいいんだよ。本読んでくれ。ギター弾きたくなるから。彼の本は総括して心が熱くなるので、主人公の真似をしたくなる。だからロッキンホースなんて履いてしまったんだ。(黒歴史

 

長くなっちゃったのでこの辺で終わりにする。いつか桜の下のベンチでギターを弾けるようになれますように。東京のかわいいあんまり人のいない公園あたりで。そして100円入れてくれる男の子がいますように。…もうやめよう。