とりあえずななんちゃらら

TOKIOとか絵とかサブカル音楽とかその他ほにゃらら。

だけどもいいじゃないか

軽い話でもしようかな、この枕詞は今グチグチしてる、じゃないかと思う。

だから明るいメロディーだけど悟り系の曲を流しながら、LINEを無視しつつ、シクシク痛むお腹を抱えてパソコンと向き合いブログを書いている。

 

包み隠さず毎日を綴ると、なんだか毎回こんな内容になってしまいそうで、私はつくづくエンタメ性に欠けていると思った。誰かに対してなにかを思うときも、笑うより前に、なにかムカッとしたことを考えてしまう。

 

だから、常々笑ってる人は、あんまり好きじゃない。かといって、イライラを大っぴらに話す人も、あんまり好きじゃない。じゃあ、誰が好きなんだよ、というと、少々の無理をして笑っている人だ。引き立てられる人のうしろで、笑っている人だ。

 

私は人の裏側みたいなものを知りたい。黒い心の方ではなくて、優しい気遣いの方を。

無理して明るい話をすることはない。暗い話をしてもいい。もちろんほがらかな気持ちの時は、明るい話をして。なんとなくわかる。その人が、無理しているかどうかってことくらい。

 

特有の無理している感、に触れたとき、なんだか心がほわんとする。その人には悪いけど、ああ、この人は優しいんだな、とそれを通して感じるときがある。どう例えたらいいんだろう。

あはは、と無理して笑っている人の中で、その裏の顔をあとで友達に言うタイプと、裏の顔をずっと隠し続ける人。人をパターン分けしてはいけない。わかっているんだけど、後者の方がタイプだ。そりゃみんなそうだ。

付けたして言うと、自分の中で自己解決して、忘れ去ろうとする人。

もっと付け足すと、それが何かの偶然で話題になってしまって、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに打ち明ける人。

 

それを受け止めたい。そんな欲がたまに出てくる。自分すら支えられてないくせにそんな思いになるのは、受け止めてあげたら、恩赦が返ってくるのではないか、という、浅はかな考えからだ。でも、確かだろう。自分と相手が弱みを共有し合えば、互いを気遣い合えるから。

 

そんな関係を持っている人は、あまりいない。でも、少しは、いる。そういう人ほどあまり連絡をとらない。なぜなら、お互い遠慮しているからだ。そんな関係が、とてもありがたい。だから、たまに手紙や電話で、今はこんな人間ですと伝えてあげたい。

それでも許しあえて、なんとなく笑っていられたら、本当に嬉しい限りだ。

 

暗い話だけど、あるいは別れ話だけどもいいじゃないか。そんな風に、優しくありたい。

あー、まったく軽い話じゃなくなった。