とりあえずななんちゃらら

TOKIOとか絵とかサブカル音楽とかその他ほにゃらら。

あさのひかり

晴れの朝の光はなんだかワクワクする。ずっと実家の同じ部屋から見てきた朝陽。「清々しい朝」と言っても、ほんとにその通りの朝もあるし、夏休みのラジオ体操のときみたいな特有のドキドキした朝もあるし、お泊りのお別れで泣きそうな朝もあるし、まるで浴びたら世界が終わる、みたいな絶望的な朝陽もあったりした。

 

6時ぐらいからの特有の空気。家族みんなが起き始めて、飼い犬がわんわん餌をねだって吠えて、父と母が飲むコーヒーの香りがして、やがて魚を焼く香りがして、窓際のほこりがチラチラ光ってる。みんなお馴染みだ。昔は、もっと、色んな香りや、感覚があって、今でも鮮明に覚えている。

 

朝見るのは必ず目ざましテレビだったし、おばあちゃんがおじいちゃんの仏壇の鐘を鳴らす音も聞こえたし、お兄ちゃんが部活の用意してたり、お父さんが腕立て伏せをしていたし、お母さんは私を毎日必ず呼んで起こしたし、犬はもっともっと威勢よく吠えて、散歩に走っていた。

 

私は朝に対していいイメージを持つか、と聞かれたら半々である。

なぜなら暗黒期が人生においてものすごく長いから。

日の光がまるでワルモノの光線のように布団をかぶった自分に当たってくるときがあった。泣きながら顔を洗って、それでも鼻水と涙がどんどんでてきて、大声で泣きわめいて、腕立て伏せをしてるお父さんも、起こしてくるお母さんも、部活に行く際に茶化してくるお兄ちゃんも、威勢よく吠える犬も大嫌いだった。

目ざましテレビは大嫌いな薄っぺらいエンタメ情報を流し続けるし、友達と呼べないようなやつらがピンポンを押して、あるいは必死でストーブの前で体温計を調節して、、なんだかすごく鮮明で、そのときの朝陽は吐き気がするほど気分が悪かった。

 

幼少期はそれこそユーミンの「優しさに包まれたなら」の世界だった。毎日何時に起きたか自慢していたし、早起きした朝は特別な気分で家の中を散策していたし、おばあちゃんと一緒にテレビ体操をした。古い和式トイレで虫を見つけてギャーって泣き叫んだり、そのころは目ざましテレビの代わりにポンキッキーズかなにかが流れていたし、なんであんなに陽気な朝があったのか不思議だ。

 

今は、と言えば、まあ、それなりにわくわくしている。減ったものも多いけど、みんな記憶に残っていて、今思い出しながら、ドキドキしたり、さびしくなったり、今が今で良かった、と思ったりした。昔ほど朝の光に敏感ではなくなったかもしれない。

仕事のために身支度をして、ご飯を早めに食べて、庭の草木や虫の様子を撮ったり、余りの時間でブログを書いている。朝陽は自分を起こすただのスイッチになった。

でも、たまに、いやわりと頻繁に、どうしてあのとき、あんなに不幸だったんだろう、どうしてあんなに幸せだったんだろう、と思い出す。

そして、あのとき犬やお父さんやお母さんやお兄ちゃんやおばあちゃんがあんなに元気に動き回っていたことに、時の流れを感じて、すこし、切なくなる。

 

今はそれらを全部ひっくるめて、朝の光が好きだ。覚えておかなくてもいいことを、ここに書いてできるだけ覚えておきたい。