とりあえずななんちゃらら

TOKIOとか絵とかサブカル音楽とかその他ほにゃらら。

タイトルで価値がきまっちゃいそうだからとりあえずいちTOKIOファンのする今回のお話

おはようございます。こんなときだけブログの曲レビューのアクセスが伸びてるよ!ちくしょー!オモチャでしかないじゃないですかこのブログ!

と思いつつまあ、平常心の私です。ぜんぜん平常心。

 

そして私のブログを、TOKIOファンという肩書きをオモチャで終わらせないためにも、今回の記事は書いておかねばと思いました。

TOKIOファンの考えはたくさんあります。今回で見限った人もいるし、メチャクチャ荒れてる人だっているし、これを機に罪について考えて生きていかねば、と突然真面目になる人もいるし、それらを統治しようとする大司教みたいな人もいるし、独自のコミュニティに閉じこもって傷をいやそうとしてる人もいるし、死のうとしてる人もいるし、私のツイッターのタイムラインはもういままでにないくらいの混沌を見せています。だから、この記事も、その混沌の一部だと思って、ファンの総意ではないことをちゃんと見極めて、みなさんは胸に刻んでおいてください。

 

山口達也氏の事件から一週間ぐらいたちました?もう経った?経ってない?

そのくらい時間の感覚がよくわからないし、世間一般から見てもたぶんそのくらいの感覚だと思うし、とにかくこの数日間、私は目の前の同じファンの人の心のケアに必死でした。ツイッターなり、電話なり、近くの人は直接会ったり。

とにかく病む人はめっちゃ病む事件だから、わたしはその人の前では救いの天使かなんかになるしかないんですよ。綺麗なウソをならべてもいいから、とりあえず生かしておかないと、なんてホント必死でした。今も。

 

たぶん居間かなんかで家族にこの話をしたら、

「はあ?頭おかしいんじゃないのか、たかがジャニーズで」

って言われると思うんですよ。(主に父に)でもね、違うんですよ。

 

たまにギャグで言うんですが、ジャニーズってマジで宗教なんですよ。

自分の応援してるグループや、自分の好きな人(自坦)について否定されると、ほんとに苦しくなるし、見るテレビから生活の小物まで好きなもので染めるひとだっているし(私なんかほんとにそう、自分のコレクションで集めてるぬいぐるみに自坦の名前をつけているし、髪型だって真似てる)、だから、今回の事件は、ある意味テロだと思うんですよ。

 

もうほんとうに、たくさんの人を傷つけた。傷つけるどころか、死の淵まで追いやるパターンだって大量に作ってしまった。

だから、だから許せないと思っちゃうんですよ。事件自体より、事件を起こしてしまった彼が。

 

この辺はまあ、周りのブロガーさんたちが怒りを込めてキーボードをぶっ叩いてくれたので、略します。今後のTOKIOのこととかもね。

 

音楽は救いの言葉がとっても多い。だから本人にもそれを求めてしまう。

わたしのすきなとある女性アーティストが「音楽は魔法ではない」って歌ってて、いやそれはどうなんだろう…どう考えたって魔法だろ…って思ったりしたくらい、私は音楽に救いを求めています。

歌を作る本人のこともすごいなあと思っちゃうし、ヘタすりゃかっこいいと思っちゃう。まあ、私における長瀬のともやくんのことなんですけど。

ともやくんは罪を犯してないから大丈夫くらいに正直思ってます。ズルいことだけど、そう思ってしまうのが心酔するファンの心だと思ってます。

山口くんからまだ離れられないひとだって全く咎めることじゃないです。だって、彼が神さまだったんだから、そのひとにとっては。

 

この事件を通して、もうだれも傷ついた顔は見たくないなあと思いました。

だからこそ考え続けていきたい。何が正しくて、何が間違いなのか。もちろん正しいとか間違っているとかで決められないことも、しっかり対処していきたい。辛い人に真実を突きつけて、「あなたは間違っています」って言ったりなんかしないように。

それぞれがそれぞれに、正しいと思っていることをやって欲しいけど、ちょっと立ち止まって、それが誰かを傷つけていないか、慎重に考えてから、やってほしさもあります。

 

好きなものから冷めることは簡単、という話を聞くけど、全く簡単じゃない。

それだけの熱量と、お金と、夢を詰め込んできたんだから。

 

でも、冷めてもまた好きになる場合だってあります。こっからは完全に余談なんですけど、このブログでオーケンに多々触れてますよねわたし。(しらん)

TOKIOを追っかけてる間、ほんとにオーケンのことをおざなりにしてきたんですが、こんな時に真っ先に助けを欲したのがオーケンでした。

アーティストに冷める「ノゾミのなくならない世界」、もう少しだけ生きようと思い直す「生きてあげようかな」、どんなにつらいこともそれあるあるネタだよ、と言ってのけてしまう「ワインライダー・フォーエバー」、バンド自体が自分の幻想と夢でできていると解く「中二病の神ドロシー」。

こういう考えがあるから生きられるんだよな~~~~とおもいます。

 

だから、音楽は救いだし、冷めてしまっても、もしつらくなっちゃっても、それは消えてゆくものだし、また巡り巡って、好きな想いに変わるかもしれないし。

一概にいえたことじゃない。全てが。

 

とりあえずわたしはまだTOKIOファンでいるし、ともやくんにはめっちゃ歌って欲しいし、これから何があるかわからんです。

 

オチをつけたら終わりだと思うんで、今回はオチはつけません。

今回の件が、わたしにとって色々考える機会になりました。このブログをみて、皆さんが少しでもなにか感じて、考えてくれますように!